Jey40’

花の都、大鹿児島

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多くの皆さんにとって、都会と言えば、「花の都 大東京」なのでしょうが、南の島で生まれ育った私にとっての花の都は「鹿児島」でした。フェリーで4時間かけて海を渡り、降り立つその地には、大きなデパート「山形屋」があり、賑やかなアーケード街「天文館」があり、街中に「路面電車」が走る。それは、それは、憧れの大都会でした。

言葉も、独特なイントネーションが特徴の鹿児島弁ですが、それがまた「かっちょいい~!都会の言葉だ~!」と思っていたほど。島のクラスメイトの中にも、時々、鹿児島銀行などにお父さんが勤める子が転校して来たりするわけですよ。「鹿児島からの転校生」。ただそれだけで、羨望の眼差しでした。

また昔は、京都に行くことを「京に上る」と言いましたよね。同じ意味で、私たちは鹿児島に行くことを「鹿児島に上がる」と言ってました(今でも結構使ってます)。そう!私たちにとって、鹿児島はまさしく「都」だったのです!

夏休みの家族旅行などで鹿児島に上がった日には、そりゃもうワクワクしちゃって、見る物、食べる物、乗り物…すべてに興奮してました。「うぉー、母ちゃん!オレ路面電車に乗ってるよー!かっちょいいー!」みたいな。典型的な“おのぼりさん”ですね(笑)。

鹿児島市内の高校に進学した時も、1学年10クラスという規模のでかさには、カルチャーショックを受けました。島では、小中いずれも1学年2クラスでしたから。もっと言うと、私が卒業した小学校のクラス名ですが、「1年1組、2組」とかではなく、「1年い組、ろ組」だったんです。わかります?そう「いろはにほへと~」の「い=1」「ろ=2」です。あなた、いつの時代を生きたんですか!どんだけ田舎なんですか!って感じですよね。はい、わたくし、そんな時代を、そんな田舎で、生きてきました(笑)。

「要するに、何が言いたいんだ!」というお叱りの声が聞こえてきそうですが。そうですねー、えー、私事で恐縮ですが、先月より鹿児島に転勤。20数年ぶりに鹿児島の街に暮らしております。はい、言いたかったのは、遅ればせながらの「転勤報告」です。

(街のあちこちに薩摩の偉人たちの銅像が点在しています。夜に出会うとちょっとコワイです)

(次の大河?が西郷どんらしく、みんな楽しみにしているようです。篤姫の時も、だいぶ盛り上がったようなので。こっちもやっぱりコワイです)

これからも、鹿児島暮らしのもろもろを綴って参りますので、どうぞよろしくお願いいたします!



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